こちら日本国開設前雑談所

趣味(映画、ゲーム、旅行など)やワーホリ・留学関係、日々の日常などの雑記

幼き日のゲームの思い出:熱血硬派くにおくんシリーズ

私が小学生の頃である。

ファミコンにて色々なジャンルに波及してシリーズ化していくゲームがあった。

その名も『熱血硬派くにおくん』と言う。

 

結構シリーズ化してから息長く続いていたようなので、

私自身は初期作品のいくつかしか知らないが、結構に熱くならせていただいた。

本日はそんな思い出深い作品を振り返ってみたいと思います。

 

先ず、何故いきなり振り返ることになったかと言うと‥‥・

昨日、市内某所のとあるブック〇フ(某が付く意味が無い…)にて、

結構完品っぽいファミコンソフトが色々と陳列してあり、

その中にあった👇を見て懐かしく思ったからである。

小学5年生時、俺を(色々な意味で)狂わせたゲーム‥‥

 

【目次】

 

くにおくんシリーズについて

正直、初代についてはゲームセンターにあったゲームといった思いが強く、

かつ、その全盛期は第1次格ゲーブームストⅡあたり)到来よりも前なので、

そもそも年齢的にもゲーセンにお世話になることはなく、あったとしても

親同伴のデパート買い物時にゲームブースにちょろ~っとお邪魔するくらいであった。

そのため、初代とその後のくにおくんシリーズについては

あんまり同列のシリーズと言う認識を(私自身は)持ってないです。

 

私自身が当時の友達と熱中し始めたのは「熱血高校ドッジボール部」からである。

当時の小学生にとってドッジボールは楽しみな体育時間の競技だったし、

漫画で「ドッジ弾平」と言うのが流行るような時代背景もあってか、

結構あの頃はドッジボール自体が熱い時期だった気はする。(昭和最終盤~平成初期

ちなみに、この頃の私の購読漫画雑誌はコロコロコミックでした。

体育であれば嬉しく、休み時間にも度々熱中した小学生時代

 

また、プラモデルでBB戦士シリーズと言うほぼ2頭身モデルが台頭したり等、

SDスーパーデフォルメ)化が当時は流行り出していたような気がします。

それもあってか、先にあげたドッジボールゲームも、

比較的リアルっぽさを残した初代からSD化したキャラへと移行して、

以降のシリーズも基本的には可愛らしいSDキャラがスタンダードとなりました。

 

熱血高校ドッジボール部とは!?

当時はバリバリのファミコン全盛期時代。

この時期のガチスポーツ的ではないゲームの代表作は「キャプテン翼」である。

もちろん異論は認めるが‥‥

アクション的な要素を廃し、どこかアニメチックな演出を信条とするコレとは違い

ドッジボール部はアクション的要素を踏まえたボタン操作を必要とするゲームで、

唯一似た部分としては必殺シュートの有無がある。

 

もはやキャプテン翼の代名詞としてサッカーに無関係な人にまで浸透した

必殺(殺すな!)の「ドライブシュート」に代表されるような必殺技が、

このドッジボール部にも各々のキャラに実装されていた。

この必殺技が不発に終わるかどうかが勝敗にも大きく貢献し、

死ねやおら~とか物騒な思考をしつつ、ひたすら必殺シュートをキめたものである‥‥

年代的にはこのゲームの後に漫画のドッジ弾平が始まったらしいので、

このゲームからの何かしらの影響もあるかもしれない。

 

このスポーツに擬態した殺伐としたバトルロイヤルは、

当時の(私の周辺の)お子ちゃまのハートをがっちりと掴み、

熱血硬派くにおくんシリーズを世に知らしめていった。

 

因縁のゲームと私…

小学5年生の時にやたらとハマっていたゲームとして、

ダウンタウン熱血物語」があげられる。(本記事最初の写真

 

何故これだけやたらと時期が明確なのかと言うと‥‥骨折したからである。

生涯初めてにして唯一の骨折(今のところ)

 

私の唯一の公式な骨折非公式だと咳であばらにヒビ入れた気がする…)であり、

その骨折した右手にてポチポチとボタンを(できるだけ振動無くしながら)押して、

アクションゲームを楽しんでいた糞ガキは私だ!という阿保な逸話がある‥‥

 

骨折はサッカーの部活中の事故ではあるのだが、

右手の前腕部の骨が見事に2本ともパッキ~ンと逝きもうした。

 

小学生当時、図書室にそこそこ通う程度には読書も好きではあったが、

元々活動的な私が読書のみで暇を解消できるわけもなく‥‥哀れと思ったのか、

珍しく親が何の理由もなくゲームを買ってくれた。

それがこのダウンタウン熱血物語自分の希望でソフト選定)なのである。

 

ファイナルファイト系の横スクロールアクションであり、

敵を倒してお金を巻き上げ(そういうことですよね?)、アイテムを購入して、

必殺技を購入することができた。(マッハパンチやらマッハキックやらマッハ叩き

 

私的には‥‥当時の時代背景と密接に絡んでいるためでもあるが、

男塾の「」やら萌える…いや、燃えるお兄さんの「ロッキー君」を彷彿とさせる

マッハパンチ浪漫を感じたものである。(嫌な小学生だな‥‥

スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルボンバ~ッ!!みたいな…

 

私は‥‥レーシングゲームをプレイすればコーナー時に身体が左右に傾き、

何かあれば大きく身体をのけ反らせるような武闘派ゲームプレイヤー(笑)である。

そんな私が、この状況(骨折)でアクションをプレイをすればどうなることか‥‥

 

コレが原因になったかは甚だ不明(?)であるが、骨がズレまくって、

3~4回ほど泣き叫びながら骨を引っ張られてズレの矯正をされたのは…私だ!

 

最終的に多少ズレても構わん!っと判断されて一部の骨が太くなったのも私だ!

これ以上骨がズレるようなら手術で骨を固定される~って寸前まで逝った…

 

そう思うと、なかなかに感慨深いゲームではある‥‥(何も言わないで~!

馬鹿なの…?いやいや、そんなことは‥‥無かったと信じたいデス。

ふっ‥‥コレが若さか・・・・・・・(断じて違‥‥わないッ!?

 

ちなみに、次作の熱血行進曲までは(友達の家で)プレイしました。

 

蛇足の思い出

そんなわけで‥‥自分の骨折の思い出と密接に絡まって思い起こされるゲームの

くにおくん」シリーズ。(ぶっちゃけ熱血物語ですけどね…)

中学生以降はトンとお世話にならなかったが(主流がスーファミになったのもある)、

小学生時代の(ある意味思い出深いゲームの1つにはなりました。

 

この唯一の右手骨折(使用不可)期間と言うのは、なかなか変わった経験もでき、

左手で箸を使えるようになったり(今も…一応不器用に食べれんことは無いレベル)、

習字が利き手より綺麗に書けるようになったり(字がムッチャ汚いため)、

悪い事ばかりでは無かったかな~と思えることもいくつかありました。

 

こんな痛かったり新鮮だったり(今にして思えば)やけに親が優しかったり‥‥

色々な思い出がミックスされ、ある種特別なメモリーとして、

くにおくんシリーズは私に記憶されたのである。