こちら日本国開設前雑談所

趣味(映画、ゲーム、旅行など)やワーホリ・留学関係、日々の日常などの雑記

忘れる前のフィリピン備忘録(実録セブ留学の記憶)6

セブ留学の記憶、最終回(予定)。

留学第4週(最終週)~帰国までの振り返りをお送りします。。

そうか、帰国してからもう2ヶ月経つのか・・・・・かなり昔に感じるわ。

 

今までの記憶👇

留学生日記(inセブ)1 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)2 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)3 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)4 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)5 - こちら日本国開設前雑談所

 

6.セブ最後の1週間

 

6-1)淡々と授業は進む・・・・・

からしたら最後の週ではあるが、毎週卒業生がおり、

それに合わせて当然新入生もいるわけなので、月末最終週と重なったとは言え、

そこまでセンセーショナルに盛り上がることはなかった。

とは言え、私と同様に月初めに合わせて来る人が多いとは思う

 

ただ月末最後の週は金曜日(午前中)がレベルテストに充てられており、

授業が月曜~木曜の4日間と普段より少なくなっている違いはあるため、

卒業式も木曜の授業後に繰り上げられており、金曜の午後は丸っとフリー。

他の週との違いはそこくらいだろうか?

 

普通に授業をこなし、木曜日にはちょっとしたセレモニーがあったりなかったり、

お仕事とは言えお世話になった先生方には、日本のお菓子をプレゼントした。

渡航前に購入した個包装のカントリーマァムしるこサンド

途中自分でも少しつまんでいたこともあって、教師人数分でギリギリしか無かった。

・・・・・いや、3週目に1人辞めた担当教師が居てその人にも渡していたので、

それを考慮にいれれば1つは余裕があったことになるから、

キッチリ計算ができていたとしておこう。(心の平穏のために)

 

先生にもよるが、向こうからもお土産もらえたのはちょっと驚きである。

卒業生に毎回お土産渡してたら、手間的に結構きつくないですかね・・・・・?

(受け持ち生徒で毎週1~2人はいると思われる。多い時はもっと。)

 

それぞれの教師(特にマンツーマン授業の担当)とは多々おしゃべりをさせてもらい、

単純に英語を話すというだけではなく、現地フィリピンの人から色々と話を聞け、

またこちらの考えや意見も伝えられたというのは非常に楽しい経験だった。

前大統領のドゥテルテの現地人気も始めて知ったし。(逆に現政権が超嫌われている

 

名残惜しくはあるが、特に帰国後にしまった!と思わされたのは、

フィリピンで国民的に大人気となって実写映画まで作られた「ボルテスV」について、

現地の生の声を聞いてこなかったことである。

饒舌に話されてもこちらが話についていけないという懸念はあるが、

せっかくの機会だったのに惜しい事をした・・・・・

国民的」の表現が誇張かどうかだけでも知りたかったところだ。

ただ、わざわざ実写映画まで作られたくらいなので、凄い人気ではあったのだろう

 

ちなみに当方の知識はゲーム(ロボット大戦)で使ったことがあるというだけである。

だってアニメ放映された時はまだ生まれてすらなかったし・・・・・

 

6-2)セブにてやり残しを解消せよ!

金曜日のテストは特に記すことも無い・・・と言うかあまり覚えてない。

気分は既に午後の自由時間、ならびに翌日のフライトまでに何をするかに向いていた。

ま~アレだ。命短し恋せよオトメならぬ滞在短し楽しめオヤジ!の精神だ。

 

元々セブに来た際に、これだけは食べようと思ったモノが3つある。

  1. レチョン:北京ダックに酷似したフォルムのブタさんである
  2. パンシット:フィリピン特有の焼きそば
  3. ハロハロ:フィリピンの伝統的かき氷スイーツ

この内、ハロハロ(っぽいスイーツ)だけは直前の3連休中に食べているが、

レチョンとパンシットだけは未だ食べていない・・・・・これは行かねばなるまいッ!

 

そういったことで、お土産のちょっとの買い足し、ならびに、

フィリピンフードの堪能を目的にテスト後は外出した。

 

お土産については、以前に購入した酒に加えて、

こやつを追加。酒類は2本までは持ち出しOKらしい。

スーツケースに入りきるかはこの時点では不明。全ては勢いである

ただ、帰国後に若干染み出していたのはいただけない・・・・・

おかげでスーツケースの中がほのかに甘い香りで彩られていた。

コルクが緩いよ!何やってんの!!と某艦長なら𠮟責ものである。

 

そして、本命たる食いだおれ放浪記の目的地は~

度々お世話になっている👆アヤラモール・・・・・ではなく、

(ちなみに映り込んでいるのは知らない方々です)

すぐ近くのハウス・オブ・レチョンと言うお店(セブに何件かあるっぽい?)。

 

ぶっちゃけお腹は減っていなかったけど、金曜日の夕方~夜など混みそうなので、

それより前の夕方4時くらいに突撃をかました。食したのは、

レチョン(豚肉)

パンシット(焼きそば)

マンゴースムージー

の計3点である。

空きっ腹では無かったので、最後は結構強引に押し込んだ。
でも、どれも大変おいしゅうございました。(食レポは無い!

腹ごなしにてくてく~と徒歩で学校への帰途につく。(片道徒歩約40分)

途中、少しそれてITパークにも寄って、モール内のマッピング行為に勤しむ。

最上階にはゲーセンや映画館があり・・・

レンタルショーケースのお店なんかもあった。
少し興味が出て覗いてみたが、中身のラインナップは日本と変わらない感じだった。
掘り出し物があったら面白かったのに・・・・

 

こうして帰国前日の夜は更けていったのである。

 

6-3)さらばセブ!また会う日まで

帰国日はルームメイトのK氏とともに朝タクシーにて空港に迎い、

空港で解散した。(マニラまで同じ便だが夜まで時間あるので各々自由行動

マクタン空港

 

とりあえずスタバに入って一服・・・・・昨日から全然腹が減らない。

でも、甘いものは別腹。人として正しい本能である。

 

本日は人生初挑戦のマッサージを受けに行く。

👇はそこのHPの自社紹介で掲載していた地球の歩き方掲載の紹介記事。

 

細かい行動は省く(タイムリーな日記には載ってる)が、

とにかくマッサージ店に向かったのであるが・・・・・

正直言って現地に着いた時はもう店は潰れたものとばかりに思っていた。

👆道路対面から見た件のマッサージ店があるであろうビル。

いや、マッサージ店がどうこう以前に、ビルとしてやってないだろう?コレ。

どう見ても廃墟ビルやん・・・・・(と私は思った)

地球の歩き方掲載の時は、1Fに赤い看板のあるレストランが入っていた。

せっかくここまで来てしまったのだから~と、歩道橋を渡り向こう側へと行く。

しかしながら、件のビルの目の前に着いても廃墟イメージは覆せない。

いや~・・・・・無理じゃね?当時の私の率直な印象である。

この看板のある脇から一応中?へと進んでいく・・・

 

一応脇から進んでいくとビル内に入れるようになっていた。

で、この正面の階段をズズイッ・・・と登っていく。

 

・・・・・あったよ。営業してるよ。でも何かちょっと怪しいよ。(失礼)

 

もしここに行くことがあっても安心して欲しい。

中はもっと怪しいから。(この見えてる受付部分以外凄く暗い

少~しド派手なケバイおね~様が出て来たり、

ぼったくりされたり~・・・・・等はありません!

いや、それ以前にマッサージ受ける部屋が暗すぎて相手の顔なぞわからぬ!

さらに言えば、うつ伏せに寝てたからマッサージ相手と対面することも無かった。

 

マッサージ店と言うのを始めて利用したが、

施術中は痛気持ちE感じで良かったです。施術後に思った程変化は無かったけど。

肩が凄く軽くなったり、身体の錆びが取れるような感覚を期待したのだが・・・・

まぁ良い体験ではあったとしておこう・・・空港まで走る羽目になったが!

(空港で預けたスーツケースの受け取り刻限に凄くギリギリだったため)

 

受け取り刻限10分前くらいの空港・・・・・でも写真は撮る私!

汗だくになりながら刻限2分前くらいに荷物預り所に到着しました。

 

この最後の一っ走りが結構ガッツリと私の気力を奪った・・・・・

かつ汗だく過ぎてトイレで即行着替えた!もう頭の中はシャワー浴びたい帰りたいで

帰国の情緒なぞ彼方へとふきとばしてくれました・・・・・

(空港行きの)ジプニーが捕まらない(マッサージ店からずっと走りっぱなし)のと、

マッサージを1時間コースにした私が悪いのではあるが・・・・・

 

こうしてマクタン空港 ⇒ マニラ空港を経由して ⇒ セントレア

と帰国を果たしたのである。

ちなみに、行きのマニラ空港であったH氏(備忘録1参照)とは

マニラ空港で再開しました。お互い楽しんだようで何よりですな。

 

ちょっと最後駆け足にはなったけど、これにてフィリピン留学関係については

一旦のピリオドとしたいと思います。

財布に少々ペソが残ったので、機会があったらまた行こうとは思います。

荷物重量がギリギリだったので、お土産増やすわけにもいかなかった

 

今回の留学最終週~帰国に際するタイムリーな日記はこちらから👇

yatsuhusa.hateblo.jp

 

留学は留学でなかなか面白い体験ができたのではあるが、

やはり純粋な旅行としてもっと色々回りたいな~という思いは強くなった。

 

せめて、1ドル140円くらいにはなってくれませんかね?

円安過ぎてちょ~っと二の足を踏んでしまう・・・・・

忘れる前のフィリピン備忘録(実録セブ留学の記憶)5

セブ留学の記憶第5回。

実質、完全に自由な日(週末)は残り2日(あと1回)。

世界滅亡・・・留学終了まで残り2週間。

 

👇前回までの記憶

留学生日記(inセブ)1 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)2 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)3 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)4 - こちら日本国開設前雑談所

 

5.疲労感(?)が出始める3週目

 

5-1)午後のある時間帯からガクンと眠気が・・・

流石に留学期間の半分(2週間)が過ぎたので、

かなり慣れが出て生活に新鮮味は薄れて来ていると感じる。

が、授業は楽しめているし、「ディベート」にも積極的に取り組めている。

・・・しかし、その反動からか「ディベート」授業の直後の時間から

猛烈な眠気が襲うようになった。一過性ではなく毎日である。

 

午前中は大丈夫なのだが、ランチ・休憩をはさんでの1コマ目が「ディベート」で、

その直後の授業の時点から凄まじく眠い・・・・・

ぶっちゃけこの傾向は以降卒業するまで続き、多少マシかどうかの違いはあれど、

ず~っと眠かった。特に「ディベート」直後の授業の先生には悪いと思っている。

口数減るわ、意識飛びそうになってるわで、3週目から明らかにパフォーマンスが

ガタ落ちしているのがありありと分かったと思う。

社会人として意識でどうにかしようと思ったものの、残念ながら力及ばず

どうにもできなかった。ディベートまでバリバリ全開なのだが・・・

どうもディベートの授業が終わると即スイッチが切れるらしい。

 

5-2)お土産を気にし出す時期

もう週末は1回しかないので、そろそろお土産も購入をしておかなければと

ジタバタとし始めた。ばらまきとしては、無難にドライフルーツと石鹸を選択。

後は、兄にタバコ、両親にお酒でも~と思ったが、あまり見かけなかった。

 

お酒は大きいスーパーとかなら見るが、フィリピン固有の酒類ビール以外で)が

ちょっと近場では見当たらない。タンドゥアイエンペラードールで悩み、

結局ダンドゥアイの12年物を購入。(15年物を探したが見つからなかった)

普通のタンドゥアイとは結構値段が離れていた。(それでも高いという程ではない)

普通のタンドゥアイのラインナップの一部

 

タバコはむしろ小っちゃい店やコンビニでしか自分は見つけられなかった。

ただ、こちらのタバコは特に美味しくないらしいと聞いたのと、

ただ安いだけで日本でも買えるタバコならお土産にする意味が無いと思ったのと、

パッケージがグロいから買うのはやめた。

結構日本以外は健康を害すという意味合いから、パッケージをグロくするのが

主流らしい・・・・・それでも、グロ過ぎるだろうとは思ったが。

 

まぁ、自分は酒もタバコもやらないので、正直良し悪しは全くわからなかったが、

だいたいのお土産はこの最後の週末にモールを巡ってほぼ買いそろえた。

 

5-3)最後の週末の過ごし方

学校の先生曰く、この週末(金・土・日)はSMJモールと言う中型モールにて

結構有名らしいディスカウントセールを実施するらしい・・・・・

とのことで、土日は一応空きを作っておく&初日に行こうの精神にて、

金曜日の学校後に向かうこととする・・・・・結構な土砂降り寄りではあったが。

 

ジプニーに乗ろうと思ったが、なかなか捕まらない。

既にいっぱいに乗せているか、私が気付かずに停められないか・・・

メンドクサイのでそのまま歩き通した。おおよそ片道30分。

雨合羽兼用的な使い勝手を期待して出国直前に購入したユニク〇のパーカーが、

普通にズブっと濡れまくる。おい、水を弾かんぞこの素材、撥水加工はどうした!?

ちなみに、学校出た時は降って無かったからこの日傘は持ってきてない・・・・・

 

初めて行った時のSMJモール(雨天では無い夕方~夜)

件のモールに着いた時には、既にタップリと雨を吸い込んで変色していたパーカー。

幸いにも中はそれ程は濡れていない・・・・・と言うことにして、

パーカーは脱いで腰に巻き、戦闘準備を整える。

金曜日の夜だとしても、結構お客がいる気がした。(土砂降りにも関わらず)

とりあえず、ユニク〇の撥水性は今後信じないことにする

 

モールに来て、先ずは最上階へ~と移動した頃、いきなり館内の灯りが消えた

真っ暗の中、数多の懐中電灯(と思われる)光が灯る。

準備が良すぎて告知済イベントなのかアクシデントなのか判断がつかない・・・・・

後で、セブの一部地域で停電があったことを知る。つまりアクシデントだった。

 

程なくして復旧したが、なかなかに度肝を抜かれる先制パンチを食らった。

ちなみに、このモールに限らずだが結構日本の飲食店や店も出店している。

件のユニク〇も入っていた・・・・・もはや何も言うまい。

 

この週末中に一度はフィリピンで映画館にも行こうと思っており、

映画のラインナップをチェック。先週見た時は旧ジブリ特集をしていたが・・・

ラインナップが変わっており、「8番出口」(邦画)がやっていた。

(TICKETS看板下の映画情報ボードの一番左下の黄色いやつ)

 

特に買いたい物も無く(セール対象は観光客と言うより地元在住民向け。家電とか。)

急遽もうこの日に映画(8番出口)を見ようと予定を変更。

日本円で700円しないし、こっちで見た方が安い。(映画によって価格が異なる

こっちでやっていたホラー映画の「コンジュリング(邦題:死霊館 最後の儀式)は

帰国してしばらくしてから日本での上映が始まった。1ヶ月くらい上映が早い?

 

8番出口は、日本の平常プライスでは見に行くことは無い映画だと思うが、

この値段でかつ飲食物持ち込みオールフリーだったので、ストレス無く楽しめた。

 

映画見終わると22時を回っており・・・・・サッサと帰宅した、徒歩で!

 

金曜日中に映画を見ようという予定は消化したので、

土・日は大き目のショッピングモールを回ってせっせと土産探し&探索に勤しむ。

土:「SMシティ セブ」等。前に迷子の末に行きついてジプニー拾ったのみで未探索。

 

日:大きいとこでは一番行った「アヤラモール」等。ハロハロを食す。

 

最後の休日だったので、結構精力的に回った(かなり歩いた)と思う。

 

👇このあたりのタイムリーな日記はこちら

そして最終週へ・・・・・

 

to be continued

忘れる前のフィリピン備忘録(実録セブ留学の記憶)4

セブ留学の記憶第4回。

そろそろ書き終わらせないと、記憶が薄れるのは当然として、

書くことを忘れて打ち切りになりかねない・・・・・

今回含めて後3回くらいかな?(それくらいにはまとめたい)

 

👇前回までのあらすじ

留学生日記(inセブ)1 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)2 - こちら日本国開設前雑談所

留学生日記(inセブ)3 - こちら日本国開設前雑談所

 

 

4.慣れが出始める2週目の日々

 

4-1)授業への取り組み

各々の授業がどんなものか分かってきて、

先生方の特徴と言うか性格なんかも見えてきた。

基本方針としては、マンツーマン授業であれば積極的に話し掛け、

授業と関係無くても話まくれていればそれでOKといった感じで受けていた。

そのため、時としてほぼ授業に関係無くしゃべっていた時間もあった。

グループ授業の際は、他の生徒との兼ね合いも考慮しつつ、

極力授業進行に支障を出さないよう気を付けつつ、

先生だけでなく生徒側の英語なんかにも注意を向け、

自分との違いや何かしら真似したり当然としてる表現を覚えたりしていた。

 

ただ、鬼門と感じていた「ディベート」の授業については、

初週と面子が変わったのもあって、意識してより積極的に挑んだ

分からないことを真っ正直に分からないとぶつけて、分からないなりに、

こういうこと?とか、これはこう思うけどそれ以外は何を言ってるのか分からない等、

分からないなりに言葉を重ね、(知っている範囲の)単語を選び、

発言することを心掛けた

メンバーチェンジにより、自分と大差を感じる程ではない語学力(だと思う)生徒に

変更したことも、自分的には幸運だったのだろうなと思う。

そのため、これ以降は初週とは逆にこの授業が1番楽しいと思えるくらいに

意識の持ちようが変わっていった。(ただし、相応に疲れる

 

4-2)英語能力に対する気づき

相変わらず、授業時間以外は完璧に日本人思考の脳をしており、

生徒が日本人ばかりの際は授業中でも日本語がこびりついていたが、

2週目以降で気付き始めた点が2つあった。

 

先ず、外国人(日本人以外)は正直英語のレベルが結構高いという先入観があった。

が、(当然ながら)人によるんだなと言うのが分かった。

自分がワーキングホリデー時に思ったのは、向こう(カナダ/オーストラリア)で

会った韓国人・台湾人あたりはみんなすべからく結構英語ができていたので、

この国々の人は結構当たり前に話せるようになってから渡航すると思っていたが、

そういうわけでもないらしいというのに、この学校に来てから思った。

 

もう1つは日本人生徒の英語について。

おそらく(英語の)勉強という面で見ると、私よりできる人は多かったんだと思う。

ただ、多くの人がしゃべり慣れてない(スピーキングに不慣れ)とは感じた。

当然ながら当てはまらない人達も居たが、そんな段階の人が多かったと思う。

しかしながら、「聞く」ことに関して言うと、意外とと言うと失礼ではあるが、

結構みなさんある程度分かっていると感じた。

大学生~まだ年若い社会人が多かったのもあってか、

英語教育からそれ程時間的な年月をあけてないために基礎学力があるのかもしれない。

今回、おそらく同学校での私の通学期間中は、

日本人の中で)30を超える中年は私だけだったと思う。(ギリ30はいた)

私がワーキングホリデー行ってから経過した時間の方が、

彼らが学校卒業後から経過した時間よりずっと長いというのも多少あるかもしれない。

ただ、やはり自分が学生時代に英語を超苦手教科としていた事実を

ありありと見せつけられたようにあらためて感じた。

 

私からすると、それぐらいに相手の言ってることが(何となくでも)分かれば、

も少しスピーキングも楽に感じるんじゃないのかな?と思ったが、

彼らが私の現状をつぶさに知ったら、よくそこまで何となくの理解で、

(かなりブロークンだけど)話し掛けれますね?みたいに感じるのかもしれない。

 

あと、結構発音でごまかせていた(偽装できていた)部分は

大きいと思った。

勉強は大っ嫌いで、ワーキングホリデー中も早々に電子辞書が壊れたのもあって、

さっさと白旗をあげたが、発音だけはちょっと意識して頑張っていた。(それなりに)

一応その遺産は多少サビついていても、今も活きているとは感じている。

 

と言うか、カナダで最初二ヶ月語学学校に行った際、所属のビギナークラスに

日本人は私だけ(一時もう1人いたが)だったので、

あまり英語をしゃべり慣れてない日本人と英語環境にて一緒に勉強すると言うのは、

ちょっと新鮮さを感じることではあった。

(まぁ、少し英語環境と言い切れない部分はありますが)

 

4-3)運動は・・・・・進んですべし

ようやく、2週目から室内靴を準備して校内のジムを使えるようになった。

やはり体重を昔に戻すべくしばらく続けてきていたので、

環境が変わったで中断したり、頻度落ちたりは・・・まだしたく無かった。

と言っても、器具はほとんど使わず、もっぱらランニングマシンばっかりだったが。

 

初めてランニングマシンを使わせてもらったが・・・・・結構面白い

安目のフィットネスバイクなら持っているが、アレはそんなに面白く無い。

消費カロリーや歩行距離の目安が表示されることも一因にあるのかもしれないが、

飽きずに10~20分くらいは特に工夫無く続けられる。

途中歩行スピードを変更しつつ使っていると、さらに楽しい。

短時間ではあるが、ちょっと走るような速度(12km/hくらいだったかな?)とか、

もう普段走るようなことは(まず)無いのでなかなかにテンションあがるし、

実際に外で走るより足への負担が軽いような気がする。

 

だいたい週3~5くらいで各20分程度歩いたり走ったりしていた。

(筋トレは基本自室。器具はイマイチ使い方が分からん・・・)

 

水をよく飲んで、こういった運動を続けて、睡眠を日本よりしっかりして・・・

といった結果が4週間で3キロ程度の減少に繋がったのだと思う。

(それ以前のペースは1月に1キロ減少)

ただし、帰国するまでは体重が測れず、食べ過ぎでの体重超過を気にしていたが。

 

4-4)海外(セブ)に来たことを実感する

そして週末。この週(2週目)は現地では月曜日が祝日だったが、

学校方針で祝日のある週は金曜日を休みにして祝日は平常授業を行っていた。

そのため、金・土・日が3連休となっていた。

 

ぶっちゃけ今回のセブ留学について、セレブ的な観光地には興味があまり無く、

ツアー的な物に参加する気は全く無かった。

ただ、3連休でもあるし、どこぞに行こうと思った際、行く先にしたのは水族館。

何か「フィリピン最大」の水族館だそうだし、平日料金は若干安くなるしで、

ちょうど初日の金曜日(世間は平日)に行くのにうってつけと思えたからだ。

元々、水族館は結構好きだったこともありサッサと予定を確定させたが、

場所が分かっても行き方がちょっと分からない・・・・・

 

過去、海外旅行等を通して、ほぼほぼ「列車」や「バス」といった交通機関と、

歩きで行ける所ばかりを回っていたため、タクシー的なものの利用は皆無に近い。

しかし、こっち(セブ、もしくはフィリピン)では公共交通機関

あんまり発達しておらず、足としてはジプニー(一応コレも交通機関かな?)か、

タクシーを使わないといけない。

 

で、わざわざタクシーを使う程のものでもあるまい・・・・・との判断から、

ジプニーを始めて使ってみたのだが・・・・・やはり雰囲気が違う。

前日~出発直前までネットでどのルートがあるか?乗り降りどこでするか?を

調べて・考えて~をしていたが、やはりコレは乗ってみるべきモノだと思った。

いや、テレビで見たことはあったが、現地でしか味わえない体験だと思う。

乗り物1つでちょっと現地への没頭感が変わる。

正直、初めてだと料金システムやらその乗降やらの敷居が少し高いが、

利便性とコストの面では大変よろしい移動手段である。

乗ること自体がフィリピンらしくて、体験としても良い。

・・・ただ、どこそこに行くためにはどのルートでジプニー乗って~とかが

非常に分かりづらいとは凄く思った

後日、一枚地図でジプニールートが示されている物を知って嘆いた

 

この日は、日本人をほとんど見かけない、日本語を全然聞かないといった

場所・時間帯を過ごすこともでき、セブに来て初めて「あ、海外旅行してる」と

実感を得ることができ、気分が高揚した。

 

・・・・・ただ、迷子になると言うトラブルにも見舞われ、

夕方からは高揚した気分が一気に萎えるような事態にも遭遇する羽目となった。

まぁ、今となっては良い思い出である。

 

👇この日のタイムリー日記、トラブル体験の詳細はこちら

 

・・・・・たぶんこの日がセブで1番歩いたと思われる。

まぁ、不安感でそう感じていた部分も多分にあったと思われるが。

 

この日の事が後を引いたのか、3連休中の残り2日は無難な外出しかせず、

かつ1日はほぼ完全休息にあて(昼間も寝ていた)、穏やかに過ごした。

 

こうして2週目のセブ生活は過ぎていったのである。

 

 

to be continued

 

 

 

 

 

忘れる前のフィリピン備忘録(実録セブ留学の記憶)3

セブ留学の記憶シリーズ第3回

そろそろ細々とした記憶はぼやけてきているので、

しっかりと思い返したいところ・・・

 

👇前回までのあらすじ

yatsuhusa.hateblo.jp

 

3.週末観光

 

3-1)1週目を終えて

何とか怒涛の1週目を終えてのセブで初めての週末。

とにかくこの週は「余裕が無かった」に尽きる。

昼休憩のみ「昼ご飯+空き1コマ」と時間的猶予があるが、

他は8時以降から5分刻みで授業がぶち込まれているので、

正直な話、教室移動してるだけでほぼ終わる。トイレ休憩としてもせわしない。

意識したことは、「朝の単語テストに落ちたくない」の1点のみ。

辞書(機内モードスマホ)が役に立たないため、ノートパソコンを用いて

ネットで意味や例文を漁っていくのだが・・・・・自室のネットが本当に遅い。

時間的効率が悪過ぎて結構・・・いや、かなりイライラした。

ただし、逆に言えばネットをあまりアレコレ使いたいとも思わないので、

日本に居た時よりも睡眠時間は確保できており、

おおよそ12時頃には消灯していた。(平日の外出は22時まで

ちなみに、1週目で十分に携帯ウォッシュレットのありがたみは実感した。

今後、絶対に海外(ひょっとしたら国内も)旅行では携行すると心に決めた。

 

👇携帯ウォッシュレットのありがたみはこちらでも

海外トイレ事情の救世主 - こちら日本国開設前雑談所

 

3-2)初めての週末

夜中にセブに到着し、次の日からすぐ学校とのことで、

学校ならびに徒歩10分弱程度のスーパー等の近辺施設しか行けていない・・・

そのため、とりあえずどこかに行こうと思って悩んだ末に、

先ずは比較的近くにある大きいショッピングモール『アヤラモール』に照準を合わせ、

向かうこととした・・・・・徒歩で。

 

時間的には徒歩40分くらい。歩行した道路は凄まじく足場が悪かった・・・

しかし、これがフィリピン(セブ)のデフォである。

ただし、初めて行った際には華麗にスルーしてしまい、

道行く人に聞いて通り過ぎてるよと指摘をされて戻った記憶が懐かしい・・・

明らかに私の進行方向が逆で、教えてくれた人はちょっと笑っていた

 

着いた感想としては、確かに広いは広いんだけど、

それよりも形状が不規則な感じがちょっと面食らった。

基本、ダンジョンとか(ゲームの話)では隅から隅までマッピングをして、

未到達領域があるとちょっと気にしてしまう質なため、

初めは全フロア片っ端から制覇してやるぜ!的に意気込んでいたが、

どうあがいても同じ所を重複して回ったりしないとコンプできなさそうなので、

途中で諦めてしまった。(セブ滞在中に形状や気になる店の位置等はほぼ覚えたけど

 

実はあたりをつけていた食事処とスイーツショップがあったのだが、

見つけることができず、買い物をするに留めることとなった。

正確には「気付かず」で、しっかり店の前を通っていた・・・

 

学校では、ようやくその日本人生徒の(予想以上の)多さに気づいたが、

セブ自体に日本人がとても多いということにはこの日に気づかされた。

外を歩いていて日本人と遭遇することはほぼ無いが、

(そもそも歩行者がそんなにいない)

モール内・・・とりわけスーパーマーケット内は日本人にすぐに遭遇する。

聞くつもりが無くても日本語が聞こえてくるので、

正直海外に来ているという実感はそれほど無い。

とにかくこの日はモールへの往復とモール内をひたすら歩きまくった。

心惹かれる物は無かったが、本屋はちょっと興味深かった。

(日本の本屋に比べて明らかに展示本の種類が少ないけど)

 

後、全フロア見て回ったが、隅々までくまなく回ったとは言い切れず、

脳内マッピングがコンプリできなかったので、何となくモヤった。

 

3-3)2週目に向けて

前日(土曜日)はアヤラモールに行き、日曜日は近場スーパー行くくらいで、

ゆっくりと過ごした。(👇できるだけ学校で食事しつつ、買い食いはする)

 

よくよく考えれば、平日は当然として、

土曜日も歩き回っていたため、セブに来てゆっくりするのは初である。

ジム利用向けに室内使い用の靴を購入したのもこの頃だと思う。

 

すぐさま明日以降の学校の授業のことにも頭を回す。

特に思い描くのは、地獄のような「ディベート」の授業であったが、

あそこまで分からないのも他に無いので、コレはコレとして

もう少し挑戦してみるべきか?と悩み始める。

全部が全部、同じような理解度の授業だとためにならないし、

変化に富んだ方が面白かろうと、とりあえずの継続を決める。

そして、ちょっと授業への取り組み方を変えてみようと決心をするのだった。

 

to be continued

 

 

同時期なタイムリーな日記はこちら👇

yatsuhusa.hateblo.jp

 

忘れる前のフィリピン備忘録(実録セブ留学の記憶)2

セブ留学の記憶シリーズ第2回

※見直して一部本文中に訂正あり(10/21)

 

👇前回(出国~到着)はこちら

yatsuhusa.hateblo.jp

 

2.怒涛の第1週(ファーストウィーク)

 

2-1)お前は今まで逢った日本人の数をおぼえているのか?

 いよいよセブでの学校初日。7時に起床する。(日本だと時差の関係で6時8時

 朝食の時間帯が7時~8時なので、混まない時間帯でと思い早々に食堂へ。

 この時、自分はまだ気づいていなかった・・・日本人生徒の占める割合を。

 朝イチな時間帯でまだ混み始めていなかったことと、おそらく、

 自分の意識がそこまで周りに向けられていなかったことが原因と考えられる。

 お味は悪くは無いな程度の感想でササッと食事を終え、

 しばし休憩後にオリエンテーションが開催される部屋へと集合する。

 ・・・・・凄く、大勢です。今週からの新入生が日本人だけで約40人。

 国毎(人数が多いとこだけ)にオリエンテーションをするらしいが、

 チラッと見た他の国の新入生総数より明らかに多い。既に人数比がガがッ!?

 オリエンテーションは日本語で進行され、この時点で今後の感想たる

 「日本国内で英語合宿に参加しているっぽい」感をひしひしと感じた。

 

2-2)現実は想像よりも奇なり

 オリエンテーションでは学校の規則やセブでの安全面での注意等を聞く。

 まぁこのあたりは日本語で大変ありがたくはある。ワーキングホリデーの時は

 全くそのあたりの事がわからなかったので・・・・・(英語オンリーで記憶に無し

 とにかく、荷物に気を付けて、夜間にあまり出歩かないようにしつつ、

 タクシー利用にも注意が必要(Grabで呼ぶならまだ安全性が高い)と。

 さらに、野良犬と野良猫は病気持ちもあり得るし、触らない・構わない・・・と。

 あと、毎日の単語テストは朝食の時間帯の内にココ(オリエンテーション教室)で

 実施するから必須で受けること・・・か。なかなかハードなモーニングだ。

 また、来る前から学校の体制自体は知っていたが、来てみて強く実感したのは、

 学校も寮も同敷地内で塀に囲まれており守衛さんが居て外出が許可制なのは・・・

 入ったことが無いからあくまでイメージになるが、どこの収容所?

 オリエンテーション後、近くのショッピングモールまで連れていってもらい

 石鹸やらシャンプーやらの初買い出しをして初日を終える。

 朝からの英語レベルテスト等もあって、既にそこそこお疲れ状態。

 初日のランチとディナーを経て、日本人比率は全体でも楽々50%超えると認識。

 が、この考えは日を追うごとに更新されていく。(実際は余裕でもっと多かった

 一応、当日のみの外出不許可はどうでも良いが、テストに落ちるというのが嫌で、

 翌日の単語テスト(出題内容は事前に1週分を渡される)の勉強をする。

 ルームメイト(日本人)と夜10時までは英語で話していく方針にしようと相談。

 大まかなルールと言う程でも無いものをざっと確認して就寝。

 

2-3)進撃のセミ・スパルタコース

 翌日、いよいよ本格的な授業が開始する。

 8時から授業が始まって8コマ(グループ:4、マンツーマン:4)の授業に、

 オプションクラス2コマの合わせて10コマ編成。ランチ休憩以外は5分休憩。

 一応、渡航前から知ってはいたが、実際にやるとなかなかにキツイ。

 さらに、毎朝の単語テストもあるため、起床(6:30-7頃)後からほぼ余裕が無い。

 授業で分からない部分は多々あるが、先生とおしゃべりする分には、

 相手が手加減してくれることもあってあまり困らない。

 しかし、分からない部分(主にボキャブラリが大原因)を復習する余裕も無い。

 基本、授業終了後は毎日の単語テストの勉強くらいでほぼ力尽きる。

 ごまかしようが無いほど分からないのは、教師とのおしゃべりが発生しない

 長文作成とTOEICリスニング、そして・・・・・悪夢の「ディベート」である。

 ネットに繋がらないスマホが電子辞書代わりな私にとって、授業中の辞書利用は

 かなりポンコツなレベルしか役に立たない。長文作成の助けにほとんどならない。

 TOEICリスニングは最後の授業という時間的なこともあって、ほぼ集中力が欠如。

 そして、ディベートについては、そもそも先生が何を言っているのか当方には

 サッパリ分からないんだがどうだろうか・・・・・

 自分の意見を言うのに困る以前の話として、どういった質問なのか?

 いや、大前提として今進行しているテーマが何なのかすらよく分からない。

 まだ他の授業は良い。分からないにしても聞いたことはあるなと思う単語だったり、

 調べれば分かりそう(時間と気力があれば!だが)だし、聞けば何となくはわかる。

 だが、ディベートの授業は違う

 結構な頻度で聞きなれない見なれない単語が目立つ。

 また、先生の口調が速く、発生・発音ともに(他の先生に比べ)聞き取りづらい。

 実際は自分の知っている単語を使っていたにしても、

 自分が認識できていなければ、 結局は全くわからない。

 要は質問しても分からないのである。

 そんな状態で授業は進行していくので・・・・・

 終いには、自分は何がわからないのかということすら分からない状態に陥った。

 正直、自分のレベルでは参加する資格無いのでは?と思う程である。

 授業カリキュラムはレベルテストに応じて、学校側で全部組んでいる。

 で、1週毎に授業変更の申請が可能であり、生徒は要望が出せる。

 そのため、次週は授業変更要望出そうかと思い始めていた。

 

2-4)生活習慣の構築

 そんなこんなで第1週を駆け抜けていく。

 先ず、単語テストについては夜の間に下調べ(単語の意味確認・例文作成)をして、

 朝(朝食前)に覚えるというスタイルに段々シフトしていった。

 夜、学校後には近場のモールに行くことが多くなった。(お菓子やら備品やら購入)

 授業に集中するつもりで、予習・復習はほぼすっぱりあきらめた。(気力的に無理

 ただ、ディベートは分からな過ぎるので、テキスト範囲の単語予習くらいをやった。

 とりあえず、前述の分からない三部衆以外は楽しんで授業に取り組めている。

 地味~に気がかりなのは、こちらに来てからおざなりになっている運動で、

 一応のビュッフェ形式をとる食事にて、もったいないからと結構食べているので、

 摂取カロリーが増えて消費カロリーは減っていると危惧していた。

 付属のジムを使おうとしたが、室内シューズで利用してと言われたので、

 室内シューズ代わりの物を買うまで利用できない。

 しょうがないので、先ずは自室にマット敷いて腕立てとスクワットをしようと

 キッチンマットらしきものを2枚購入。ちょっとした裸足エリアとしても利用し、

 2日に1回の頻度目標(日本での頻度)にて筋トレをした。

 多少ルームメイトの視線が痛い気もした(被害妄想)。

 こうして、初週後半から翌週にかけて生活スタイルを模索していったのである。

 

to be continued

 

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